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監修: 脳神経内科 千葉 川口 直樹 先生
市立宇和島病院 小児科 林 正俊 先生

講演1
「重症筋無力症と生活の質」

講演1
「重症筋無力症と生活の質」

医療法人同和会 神経研究所 脳神経内科千葉  所長 川口 直樹先生

➢ この会では重症筋無力症の患者さんの生活の質を測る方法や、治療法や治療への向き合い方を分かり易く解説しました。

➢ “主治医は患者さんの味方なので良く相談し、より良い治療を選択しましょう” ということが、特に大事な患者さんへのメッセージです。

➢ 患者さんの生活の質を測定する方法として、MG-ADLスコア、MG-QOL15などがあります。

➢ 現在と一昔前の患者さんの状況を比較するため、以前の状態をご紹介します。
1989年に発表された論文では、抗コリンエステラーゼ薬のみの治療の場合、3年後生存率は3/4であり、癌と同様の生存率の時代だったため(3年実測生存率が67.5%*1)、昔の患者さんは大変な状況で生活していました。

➢ 現在では、色々な治療薬があり患者さんの状況や症状に合わせて選択肢が増えてきたことにより患者さんの状況は改善されてきています。

➢ 治療の中心であるステロイドに関しては、なるべく早く5mg/日まで服薬量を下げることを目標としています。

➢ 重症筋無力症の疫学調査によれば、患者さんの数は年々増加しており、現在では日本に3万人の患者さんがいます。

➢ 全国筋無力症友の会全国ニュース「舫」臨時号 2008年3月発行の雑誌に掲載されたアンケート調査結果では、患者さんは女性が多い事、罹病期間が40年以上の方もいること、眼瞼下垂や複視が最も多い症状である事が分かっています。

➢ 同アンケート調査では、重症筋無力症は薬剤の治療貢献度の高い疾患として挙げられているものの、未だに社会的不利益を被っている患者さんが多いことが指摘されています。

➢ 最も多い症状である眼瞼下垂、複視に関する対処法として一般的に使われている抗コリンエステラーゼ薬は、効果が限定的です。装具としてはクラッチグラスという瞼を持ち上げる特殊メガネを使用する方法もあります。

➢ 患者さんは、症状の改善が無い事で社会的不利益を被ります。社会的不利益をなるべく回避するためには、早く治療してステロイド5mg/日をなるべく早く達成することが有効であることが分かっています*2

➢ そしてより良い治療を行うためには、患者背景・因子を念頭において治療戦略を構築することが大変重要であり、良い治療を行っていくためには患者さんの味方である主治医に良く相談して勇気をもって治療を進めていくことが大切です。

*1 2013年がん診療連携拠点病院等院内がん登録3年生存率.
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/brochure/hosp_c_reg_surv.html(2021.12.10アクセス)

*2 Nagane Y, et al. BMJ Open. 2017 Feb 23;7(2)




講演2
「重症筋無力症患者の神経筋接合部はどうなっている? 主要免疫原性領域(MIR)抗体とは?」

講演2
「重症筋無力症患者の神経筋接合部はどうなっている? 主要免疫原性領域(MIR)抗体とは?」

長崎総合科学大学 工学部 医療工学コース 教授
長崎大学病院 第一内科 脳神経内科 客員研究員 本村 政勝 先生

重症筋無力症(MG)患者さんの神経筋接合部はどのようになっているのでしょうか?MGの病原性自己抗体は2つあります。一つはMG全体の85%を占めるアセチルコリン受容体抗体(AChR抗体)、もう一つは5%の筋特異的受容体型チロシンキナーゼ抗体(MuSK抗体)です。それぞれの患者さんの神経筋接合部を観察しながら、その病態機序を解説します。

➢ AChR抗体陽性MGとMuSK抗体陽性MGの対比:AChR抗体陽性は全体の80%、MuSK抗体陽性MGは5%の頻度で、臨床像は、AChR抗体陽性MGでは眼症状で発症し全身型へ移行することがあるが、MuSK抗体陽性MGでは発症時より眼筋・球麻痺型である。AChR抗体陽性MGは胸腺腫の合併が20~30%であるのに対して、MuSK抗体陽性MGではゼロ%と大きな相違がある。治療薬への反応性も両者で異なり、AChR抗体陽性MGではコリンエステラーゼ阻害薬で著効なのに対して、MuSK抗体陽性MGでは効果がみられないばかりか逆に悪化する場合もある。このように、臨床像・免疫学的特徴はAChR抗体陽性MGとMuSK抗体陽性MGで様々な相違がある*3, 4, 5

➢ 神経筋接合部の電子顕微鏡観察: 正常では筋膜にヒダが深く沢山あるのに対して、AChR抗体陽性MGでは、ヒダがなくなって平坦化、ツルンとした膜になってしまっている。一方MuSK抗体陽性MGではヒダが保持されており、運動終板で形態学的な破壊は起きていない。

➢  神経筋接合部の免疫染色観察:AChR抗体陽性MGでは神経筋接合部においてACh受容体の量が減少して、さらに、補体の沈着が見られる。一方、MuSK抗体陽性MGではACh受容体の量の減少は観察されず、一般的には補体の沈着は認められない。ただ、例外的に補体の沈着が観察される患者がいる*5。このように、AChR抗体MGと抗MuSK抗体MGは神経筋運動終板の病理が異なっている。

➢ 神経筋接合部に存在するACh受容体とMain Immunogenic Region (MIR)主要免疫原性領域:ヒトのACh受容体は、2つのα、β、γ、δの4種類のサブユニットからなる5量体である。ACh受容体を抗原として作られた種々のモノクローナル抗体のなかで、①Ach受容体に対して患者血清と競合する、②passive transferが成立する(病原性があるということ)といった性質をもつ抗体が作製され(mAb35)、その結合部位が主要免疫原性領域(main immunogenic region: MIR) と概念付けられた*6

➢ MIR抗体価とMG重症度:MIR抗体価(結合型AChR抗体に含まれるMIR抗体に対するラットmAb35の阻害率、%)は、正常なヒトでは20%未満である。眼筋型、全身型を比較すると、眼筋型では40%未満で、全身型では50から90%と高い値を示す患者がいる。MGの診断に有用なAChR抗体検査値(結合型AChR抗体)と比較してMIR抗体はMGFA分類(P<0.0001)、QMGスコア(P=0.001)、球症状(P<0.0001)、眼筋型かどうか(P<0.0001)において、有意な相関が見られ、重症度や治療の効果予測の指標として有用な可能性がある*7



*3 Murai H, et al. J Neurol Sci 2011.305.97

*4 Hoch W et al. Nature Med. 2001.7.365.368

*5 Shiraishi H et al. Ann Neurol.2005.57.289-93

*6 Unwin N et al. J Mol.Biol.2005.4.346.967-89

*7 Masuda T et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2012.83.935-40