その人なりの目標をもち、そこに近づいていく。
私たちは病人ではないという気持ちが大切
恒川礼子さん(NPO法人 筋無力症患者会 理事長)
恒川信一さん(礼子さんの配偶者:NPO法人 難病ネットワーク 理事長)
プロフィール
恒川礼子さん(写真左)
眼瞼下垂により眼科を訪れたのをきっかけに、2001年に全身型重症筋無力症(抗アセチルコリン受容体抗体陰性、抗MuSK抗体陰性)と診断され、2015年にNPO法人 筋無力症患者会を立ち上げた。生活に関わる様々な情報発信、啓発、相談、交流会などを中心に、医療関係者や海外の患者会などとも連携しながら活動を行っている。
恒川信一さん(写真右)
恒川礼子さんの配偶者。2016年、NPO法人 難病ネットワークを立ち上げ、様々な難病の患者・家族・患者会を支援する活動を行っている。
エピソード動画
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患者会の存在が少しでも安心につながれば… ~恒川礼子さん
私が重症筋無力症(MG)と診断された頃は情報量が少なく、不安に思っていたときに、当時所属していた患者会の仲間に「心配しなくても大丈夫ですよ」と支えていただき、とても心強かったこと、ホッとしたことが記憶に残っていました。そこで、患者会の存在によって「ああ、大丈夫なんだ」と、安心して前を向いてくださる方が一人でもいればよいなという気持ちから、NPO法人 筋無力症患者会を立ち上げました。困っている方が相談にいらっしゃって、徐々に元気を取り戻して、「ありがとう」「助かりました」と言われるのが一番うれしいです。
MGはなかなか診断がつかないことも多いです。私自身も、診断されるまでは「気のせいではないか」「精神的なものではないか」と誤解され、なかなか先に進めず、診断されるまで長くかかりました。そういった経験から当会は、MGかもしれないという方からご家族まで、幅広くご相談を受け入れるようにしています。
MGになったことは人生の中のプロセスの1つ ~恒川礼子さん
MGになって改めて見えてきたこと、あるいは命の大切さや思いやりなど、いろいろ気づかされたことがたくさんあります。病気になったからこそ出会えた人たちもたくさんいます。MGになったことは変えようがありませんが、それも人生の中のプロセスの1つととらえ、逆に楽しもうという気持ちで日々過ごしています。一度しかない人生ですから、「あれもやりたかった」「これもやりたかった」と悔いが残るような生き方はしたくないですよね。
診断後間もない頃は、「どうしてこんなことになったんだろう?」と思いがちです。もちろん、ある程度は振り返る時間も必要ですが、そこから先は自分の身に起こったことをきちんと受け入れ、「じゃあ、次はどうしよう?」「何ができるだろう?」と前に進むことを考えた方が絶対によいと思っています。
MGの正式な診断名は重症筋無力症ですが、私たちの患者会は筋無力症患者会と呼称しています。冒頭に「重症」とつけていないのには理由があります。ずっと体調が悪く、不安な気持ちでいたところに「あなたは重症筋無力症です」と告げられたら、「重症」という言葉で頭がいっぱいになり、「大変な病気になってしまった」と悲観してしまう方が多くいらっしゃいます。そこで、決して悲観してほしくないという願いから、「重」を「重症」ではなく「様々な症状が重なる病気」ととらえ、患者会の名称には「重症」を入れないことに決めました。
その人なりの目標をもち、そこに近づいていくことが大切 ~恒川礼子さん
MGとうまく付き合っていくには、第一に楽しく安心して暮らすことが大切です。そのうえで、その人なりの目標や生きがいをもち、そこに近づけるように日々過ごしていくとよいのではないかと思います。私たち患者会も、そのためのサポートを行っています。
MGだからといって、気持ちで負けてはいけないと思っています。“もう少し頑張れば、もう少し先にいける”という思いが大切です。疲れたり、体が動かなかったり、やる気が起きなかったりすることもありますが、すべてを病気のせいにして、踏ん張らないことを当たり前にしてほしくないのです。確かにMGは病気なのですが、病気がすべてではありません。私たちは“病人”ではなく、単に“病気をもっている人”なんだという気持ちを忘れないようにしています。
周囲に理解してもらうには良好な人間関係がポイント ~恒川礼子さん
MGは、少しの差で、同じことでもできたりできなかったりしますし、少し休憩すればまた動けるようになるので、「都合がよい」と誤解されやすいのが特徴です。それを周りの人たちにうまく伝えるのは難しいのですが、少しでも理解していただくには、日頃から良好な人間関係を築いておくことがポイントではないかと思っています。
症状が安定した生活を送れること、それが私たちの願い ~恒川礼子さん
MGを発症すると、それまで100%動けていたものが50%になり、治療を受けて80~90%まで戻り、それがまた悪くなるという繰り返しです。100%まで戻すのは難しくとも、せめて80~90%を維持して、安定した生活を送れることが願いです。
医療従事者の方へ~目標や願いは一人ひとり違う ~恒川礼子さん
教科書やガイドラインに書かれていることには当てはまらない患者もいることを、医療従事者の方には理解していただきたいです。また、症状や生活環境にも個人差があり、「これをやりたい」「ここまで元気になりたい」という目標や願いも人によって違いますので、“ここまで”と決めずに、その人その人の目標に応じて、医師と患者さんで相談しながら治療を進めていければ理想的ではないかと思います。
また、人とコミュニケーションをとるのが苦手で、診察時に自分の体調や思いを伝えきれない方がいらっしゃることも理解していただきたいと思っています。
MGに限らず、診察時に医師から「様子を見ましょう」という言葉をよく聞きますが、特に私たちMG患者にとってはがっかりする言葉の1つです。MG患者の場合、次の受診日が決まったら、その日に照準を合わせて体調を調整しなければなりません。一般の方の“体調が悪いから病院に行く”とは異なり、私たちは病院に行くために体調を合わせる必要があるのです。そうやって、ようやく受診できたときには、何かの糸口につながるような、あるいは前向きになれるような言葉をかけていただけると励みになります。
結婚にハードルはなかった ~ご家族の立場から:恒川信一さん
私は、妻がMGであることを理解したうえで結婚しました。MGという病気については、体を動かしているとしだいに動かなくなるということはわかっていましたが、呼吸が苦しくなることもあるということを知ったときには少しびっくりしました。
結婚に際し、特にハードルはなかったですね。私の両親も、「疲れたら休めばいいんだし…」と、とても大らかな気持ちで私たちを認めてくれました。MGの治療は進歩していますので、将来的に結婚を考えている方も、主治医としっかり相談しながら進めていけば、過度に心配する必要はないと思っています。
家族とは、SOSを出したらサポートしてくれる関係 ~恒川礼子さん
主人とは、私がMGとわかってから知り合いました。最初に私が「MGという病気をもっていてね…」と話したとき、初めて難病を患った人と出会ったらしく、すぐMGについて調べてくれました。主人は何でも楽しめる性格ですので、たまに動けなくなるような私との生活も楽しんでくれているようです。
患者会の仕事にはほぼ休みがありません。たとえばご家族に急な変調があり、切羽詰まって電話をくださる場合や、こんなことで電話をかけてよいのかどうか悩んで悩んでようやく勇気を振り絞って電話をくださる場合もあり、相手の身になって考えると、できるだけ対応したいという気持ちでいます。娘にしてみれば私の体が心配なようで、よく怒られますが、それでも、私が持ちやすい食器を見つけてきてくれたり、患者会のお子さんが泊りに来ているときなどは、その子のためにおもちゃを買ってきたりと、さりげなく見守ってくれているのかなと思っています。
ご家族にわかってもらえないという話をよく聞きますが、辛さやだるさはご本人にしかわかりませんので、それをご家族に全部わかってもらいたいというのはなかなか難しいのではないかと思います。むしろ、患者仲間のほうがわかり合えることがたくさんあります。私は家族に完全に理解してほしい、何とかしてほしいとは思わず、大きな気持ちで見守ってもらえれば十分と思っています。SOSを出したらサポートしてくれる、そんな距離感で過ごしています。
夫婦の人生観は、「笑って暮らすも一日、泣いて暮らすも一日」 ~恒川信一さん
妻は、調子が悪いときははっきり「悪い」と言って、休んでいます。MG患者さんにとって、家族にSOSを出せて、安心して休める環境はとても大切だと思います。我が家のモットーは、“気づいた人がやる”で、私もできることは進んでやろうと心がけています。重い荷物を持つのは当然ですが、妻が無駄なエネルギーを使わないように調整することも重要な役目です。
我々夫婦の人生観は、「笑って暮らすも一日、泣いて暮らすも一日」です。同じ一日なら、笑って暮らしていたいですよね。そのためには、疲れたら「疲れた」と声に出してほしいですし、必要なときにはしっかり治療を受けてほしいと思っています。
MGに限りませんが、体が思いどおりに動かず辛くても、それはそれなりに楽しめる方法があるはずですので、それをご自身で見つけていただきたいというのが僕の願いです。
監修者のことば
監修︓ 国際医療福祉大学医学部 脳神経内科学 村井 弘之 先生
MGという病気はいろんな顔をもっています。眼の症状が出る人もいれば、しゃべりにくい、飲み込みにくいという患者さんもいます。首や手足に力が入らないという症状もあれば、呼吸ができず人工呼吸器を必要とするクリーゼと呼ばれる状態もあります。そして、これらの症状は変動するのです。これが周囲の理解を得にくい大きな理由です。「午前中にはできてたじゃないか、なぜいまはできないの。怠けてんじゃないよ」というような辛辣な言葉をかけられた人も多いのではないでしょうか。会社の上司が理解してくれないという場合には、主治医にMGの特徴を記載してもらい、その患者さんが避けるべき業務を列挙してもらうというのも1つの手です。
主治医との関係性も避けては通れない問題です。日本の医師は、概して限られた時間に多くの患者さんを診ないといけないという構造的な宿命をもっています。このため患者さん側も工夫をする必要があります。短い時間に必要十分な情報をいかに伝えるかを工夫しましょう。あらかじめMG-ADLなどのスコアをつけていくというのは有効な手段だと思います。
今回登場された恒川夫妻は1日24時間、患者さんからのさまざまなSOSを受けておられます。駆け込み寺のような面もあるのでしょう。状況がそれぞれ異なるたくさんの患者さんに個別に対応するのはとても骨の折れる作業だと思いますが、真摯に業務を遂行されていて立派です。そして、必要に応じて専門医のところにつないでくれています。われわれ医師側もそれに応えるべく、新しいMG治療のノウハウをアップデートしていく必要があると思います。