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監修: 脳神経内科 千葉 川口 直樹 先生
市立宇和島病院 小児科 林 正俊 先生

講演1
「公的医療制度どのように活用するのか?より良い暮らしの知恵」

講演1
「公的医療制度どのように活用するのか?より良い暮らしの知恵」

脳神経内科 千葉
医療法人同和会 神経研究所 所長 川口直樹先生


① 重症筋無力症の診断と治療

  • MGの易疲労性は一般的に使う“疲れた”とは意味が異なります。
  • 反復刺激試験は、電気刺激を繰り返し与え筋肉の電気的な反応を測定しますが、MGの患者さんでは段々と反応が小さくなっていきます。この結果は、筋力を発揮できていない事を示しています。一般的に疲れたときでも振幅は小さくなる事は無いのです。
  • MGの易疲労性は、単純に疲れた、だるいというものではなく、筋力を保持できないことにあります。
  • 状態を評価するために使用しているMG-ADLスコアは患者さんが日常生活動作に支障がないか、治療により改善がみられるかを評価するために測定します。
  • 生活の質を測定するためにSF-36という健康関連QOLを定量的に表す指標を用いて測定すると、MG患者さんでは身体的な健康だけでなく精神的な健康も損なわれていることが分かります。
  • 脳神経内科医に神経疾患における「治療の満足度」と「薬剤の治療への貢献度」に関する調査をしてみると、MG治療は大変だけれども治療を駆使して患者さんの治療結果を良いものにできると思っている医師が多いことが分かります*1。患者さんへの調査結果と違いが生まれています。
  • MGに罹患することで失職を経験された方が27%、収入が減少された方が36%とかなりの割合で患者さんが社会的不利益を被っていることが分かります*2。これらの事は、重症筋無力症の治療がまだ十分できていないことを示しています。
  • MG治療の主役であるステロイドについては、副作用が問題となり投与量や期間について気を付けなければならないと考えられています。なるべく早く、ステロイドの一日投与量は5mg以下にすることを目標としています*2
  • 治療が十分に出来ているかどうかは、個々人の役割などで判断するべきで、20代の方と60代の方では同じように考えるべきではないですし、女性の方は外観には気を付けてあげたいと考えています。他にも、糖尿病や骨粗鬆症など合併症を考えて治療戦略を立てる必要があります。
  • 増悪につながる感染症など避けて頂くように生活指導を行うことや難しい面はありますが患者さんの心理面からのサポートも重要と考えています*3

② 公的医療制度、種類と情報取得方法

  • 公的医療制度として医療費のサポートがあります。最近では、色々な新薬が登場し医療費が高額となっております。とても個人では賄えない金額なので、指定難病医療助成制度を申請している方が多いのではないかと思います。
  • 自立支援制度もあり世帯の収入により自己負担額を軽減することが出来る制度です。
  • 暮らしや社会的活動に関する援助には、身体障害者手帳がありますがMGでは症状が変動するため受けにくい状況があります。
  • 障害基礎年金や障害厚生年金の2種類がありますが、年金に加入している間にMGになった場合、申請することが出来ます。
  • 公的医療制度の最新情報は患者会、難病情報センターのホームページ、都道府県別の難病相談センター、医療機関にソーシャルワーカーが在籍しているところもありますのでソーシャルワーカーに相談するのも良い方法です。

*1 2013年度国内基盤技術調査報告書「神経疾患に関する医療ニーズ調査」P.17

*2 Nagane Y, et al. BMJ Open. 2017 Feb 23;7(2)

*3 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022. P.123




講演2
「MG患者さんが被る疾患負荷と推奨治療戦略」

講演2
「MG患者さんが被る疾患負荷と推奨治療戦略」

総合花巻病院 脳神経内科 主任医長 長根百合子先生


  • MG従来治療の問題点

    全身型MG治療では、およそ50年前から高用量ステロイド療法が普及し、重症例・死亡例が減少した経緯があります。高用量ステロイドと胸腺摘除術の両者が長い間ほぼステレオタイプに行われてきました。しかし2010年以降繰り返し行われた調査の結果、MGの寛解率は低いままであることが示されました。MGは長期寛解を得ることが難しい疾患であり、経口ステロイドはしばしば減量不十分なまま長期化し、患者さんのQOLやメンタルヘルスを阻害する重大な独立要因となっていることが明らかにされています*1
    また、MG症状は分布が様々で、時間によっても変動し、患者さんの生活様式や活動負荷によっても変化するため、症状レベル、病状(薬剤の副作用、入院、通院)への不満が主治医や周囲に十分理解されていないことも少なくありません*2


  • MG診療ガイドライン2022

    今年8年ぶりに改訂されたMG診療ガイドラインでは、新たに「MG患者が置かれた現状は」というクリニカルクエスチョンが設定され、症状改善レベル、QOLレベルが現在でも十分ではなく、社会的不利益を被る患者さんも少なくないなどの問題点が明記されました*3


  • Japan MG Registry studyから分かったこと*4

    MG患者さんの寛解の比率は15%程度と低いことが調査で繰り返し示されており、半数近い患者さんは日常生活に支障を生じるレベルにあります。その結果減量不十分となることの多かった経口ステロイドが、MG症状とは独立したQOL阻害要因となっていることが明らかにされています。また約3割以上の患者さんが何らかの社会的不利益を経験しているということも調査結果から示されています。
    このような背景から、現在MG治療では、患者さんのQOLを重視した治療目標、治療戦略が推奨されています。患者QOLの解析結果から、MM(minimal manifestations, 軽微症状)より良い改善レベル(完全寛解,薬理学的寛解,MM)にあり、かつプレドニゾロンの1日服用量が5mg以下であるカテゴリー(MM-5mg)が良好なQOLを達成する治療目標として推奨されています。この治療目標達成率は、治療戦略の変化により徐々に増加していますが、2021年に行われた調査でも約半数の方は未だ調査時に治療目標を達成できていなかったことが示されました。


  • 早期速効性治療戦略(EFT)*2 *5

    MG診療ガイドライン2022では、MM-5mgを早期に達成するため、「早期速効性治療戦略(EFT)」という治療戦略が推奨されています。EFTは、非経口速効性治療(血漿浄化療法、ステロイドパルス療法、免疫グロブリン静注療法、あるいはこれらを組み合わせた治療)を積極的に行い、症状の早期改善と経口ステロイド量の抑制の両立を図る治療戦略です*1。EFTでは、経口ステロイドを重視する従来型治療と比較してMM-5mgの早期達成率が高いことが報告されています。また、EFTにおいて経口ステロイド少量投与群と漸増高用量群のどちらがMM-5mg達成に有利であったかを比較した検討では、両群に統計学的な差は示されませんでしたが、漸増高用量群は少量群より治療目標達成が年単位で遅れるということも示されています。EFTにおける経口免疫治療では、治療初期から経口ステロイドは少量とし、カルシニューリン阻害薬を併用することが推奨されています。(注)


  • 難治性MG*1

    MG診療ガイドライン2022では、「複数の経口免疫治療薬による治療、あるいは経口免疫治療薬と繰り返す非経口速効性治療を併用する治療を一定期間行っても十分な改善が得られない、あるいは副作用や負担のために治療の継続が困難である場合」が難治性MGと定義されています。MG症状が治りにくいというだけでなく、患者さんが被る治療による副作用や負担も考慮したものとなっています。難治性MGは近年でも約20%存在することが明らかとなっています。治療戦略の変化によりMM-5mg達成率の増加はある程度見込めますが、「難治例」を大きく減らすということは困難であることが予想されます。


  • 新規分子標的薬

    現在、難治性MGの患者さんをターゲットに、抗補体薬、胎児性Fc受容体阻害薬、B細胞枯渇療法等の新規分子標的薬の開発が次々と進んでいます。分子標的薬の対象になると考えられるのは、速効性治療(FT)をいくら繰り返してもMMレベルに到達しない場合や、FTによりMMレベルに達成はしますが何年たってもFTの回数が減らず、治療自体が患者さんの負担になる場合などがあげられます。仕事の都合などで、FTのための入退院を繰り返すということが難しいという場合も分子標的薬による治療を考慮してよいと考えます。


  • まとめ

    MG患者さんの症状改善レベル、QOLレベルは現在でも十分ではありません。社会的不利益の経験もまれではありません。現在、患者QOLの改善を考慮し、MM-5mgの早期達成が推奨されております。そして、このMM-5mgの早期達成にはEFTが有効です。
    しかしながら、EFTを行っても治療目標達成が難しいという患者さんも存在します。そういった難治例では分子標的薬の導入が検討され、今後、治療目標達成率の増加、患者さんのQOLが向上することが期待されます。


*1 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022 P.50

*2 Utsugisawa K, et al. Muscle Nerve. 2014; 50: 493–500

*3 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022 P.38

*4 槍澤 公明ら 第63回日本神経学会学術大会

*5 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022 P.54

注:本邦では一部のステロイドおよび免疫グロブリン製剤にはMGの適応はありません